本当のポジティブとは?〜ポジティブ思考に踊らされない前向きに生きるヒント〜

スタッフの変容

こんにちは。おやじヨガ(インストラクター)のリツコです。

ヨガの教えやあらゆる本の中に、『ポジティブ思考が良い』という考えがあります。
ポジティブの押売りのように感じるテンションは、私は時と場合によっては苦手に感じてしまうことがあります。^^;

実際に自分がヨガを教える際に、気をつけていることの一つでもあります。

ポジティブなことをいくら言われても、響かない時は響かないですよね。
人の心とは、そんな簡単なものではないのです。


気持ちとタイミング、色々な要因がマッチして人の心は動くものだと思うからです。
逆に私は、自分のヨガの先生から「家族に苛立ち言い合いになってしまい、まだまだヨガができていないと感じました。」という正直なご感想を聞けた方が、安心を得られたりする。


一体どんな言葉で人の心が動くかなんてわからないし、自分らしい言葉の方が響くものなのだと思います。


今日は、「ポジティブに日常を生きるとはどういうことなのか?」ーこんなことを私なりに掘り下げてみたいと思います。

本当のポジティブ思考とは

どうやって困難を乗り越えようか?と考えることで知恵や叡智が動き出す。ーこれが、究極のポジティブだと思います。

人には人生や生き方、それまでのパターンを変えなければ進んでいけない時期があります。

頼っていた杖を突然奪われた時、ちゃんと歩いていける自分であるためには、自分の闇と向き合わなければならない。私は自分では、前向きな人間だと思っていますが、
二十代の頃は、自分が本当に求めていることが見えずに真っ暗なトンネルの中を歩いていたような時期がありました。

そんな時も「必ず出口がある」ということを信じて光を見つけようと、
自分を見つめ、深掘りしていたこともありました。
(ヨガにはまだ出会っていない頃で、無知が故、あらゆる本を読み漁ったりと、もがきにもがいていました^^;)

ポジティブ思考が運を招く。幸運は笑顔に宿る。

確かにその通りで、不機嫌な人よりも、朗らかで笑顔の人と友達になりたいし、笑顔の人には笑顔の人が寄ってきますよね。

ポジティブとはどういうことなのか。ーそこをわかっていないと、ポジティブという言葉に踊らされることになるようにも感じています。

 

陥りがちなポジティブに対する考え方

陥りがちなことーそれは、「ポジティブでなければ幸運はやってこない」という思い込みです。

泣きたいのに無理に笑う、落ち込んでいるのにそれを認めず「大丈夫」ということにしてしまう。確かに無理をしてポジティブな考えに自分をもっていくことで物事が前向きに動き出すこともありますが、

感情と思考・行動が調和していないのは、とても不自然で、何かしらのボタンの掛け違いが生じてくるものなのだと思います。

私自身、失敗を恐れてしまい、感情を出来るだけ抑え、機械的にポジティブを捉えていた時期がありました。いかに理性的に生きるかに必死だったのです。

当然、それには限界がやってきます。(笑)

今思えばその頃に、「感情」というのは人間に与えられた神様からのかけがえのないギフトでもある、ということを、大好きなキューバ音楽や踊り、その仲間や旦那さんとのご縁から気付かせてもらった気がしています。

自分の価値観で生きる

こだわりが自然と変わり、自分にとって本当のポジティブの意味を考えるようになったきっかけは、誰が教えてくれたものでもなく、自分の経験からでした。

若い頃は、痩せたい!綺麗になりたい!お洒落なブランドの服を着たい!人からこう見られたい!といった欲から、前向きに日々の生活を頑張る!と言う私がいました。これらは自分にとって日々のガソリンとなっていましたし、これがポジティブに生きるということだな、と理解していました。

今でも、これはこれで間違いではないと思っています。

ですが、今ではそういった「欲」からではなく、「生きる喜び」「生かされている意味を知りたい、得たい」という湧き上がってくるような思いからでありたいと思うようになりました。

本当の意味でポジティブな人とは、喜びが湧き上がる生き方をするからこそ、ポジティブな選択をしていけるの人なのではないでしょうか。

積み上げてきた道の時間には山あり谷あり、晴天の日も嵐の日もあります。
失敗をした経験には学ぶべき意味があります。

ここから、私にとっての「欲」が、物質的なモノというよりかは
「小さい幸せや感謝を感じられる心の状態」にシフトしていきました。
お金を支払うことに対しても、この豊かなエネルギーを自分がそれを出すことで心地よいと思えるものに使っていこうという気持ちに変わりました。

考えが巡った時にこそ実感する「呼吸」や「瞑想」の大切さ

考えごとがエンドレスで巡ってしまう時には、「最近瞑想が足りていないかも」と日常を振り返るほど、今では日常に欠かせない習慣です。

ポジティブに生きるとは、自分を忙しくすることでも、ただ前を見ることでもなく、
困難の中でいかに希望を見出して進んでいけるかということだと思います。

その為には、なぜ自分にそのようなことが起こるのかを意識して、冷静に読み解く習慣をつけることが大切です。

ヨガを学んでからは、これは呼吸や瞑想をすることが最も適した習慣だと知りました。

考えが巡った時には「ゆっくりとした呼吸」や長めの「瞑想」をして、自分の内側を眺めて、感じて、また再スタートをきる。まだまだ完璧とは言えませんが、これを繰り返していくことで直感が冴え始め、何かが起きた時に答えが見えてくるように思います。

目に見えないことを大切にする

   例えば、誰かの発言で嫌な思いをした時に、「嫌な感じだなぁ」と感じるのか、
「高慢にならないことの大切さを見せてもらったのかもしれない」と解釈するのか。
後者にシフトすることで感謝に変わります。

他にも、うまくいかない日なども、自分への注意を促すもの、考え方の視点を変える必要を伝えてくれているメッセージであったりする。

これらも、ゆっくりとした呼吸や瞑想をして冷静に自分の胸にある感情を眺めることで、頭に風穴を通すことが出来ます。


「今、このタイミングでこんなことが起きるのにはどんな理由があるのか」静かなところで思いを馳せ、見極めてみること。

心がパニックにならないためには、「こうきたか、、、」という冷静さが必要ですよね。

「なんてツイてない日なんだろう」と溜息をつくこともあるけれど、時には手に取ってしっかり眺めて見る。

自分を楽にしてよりポジティブに生きるヒントは、そんなところに隠れているようにも感じています。

ヨガは実践哲学!シニア世代からこそ始めるのに適齢期の理由

経験豊富さ故、想像力を巡らせ、自分の中で解釈できる

誰にでも人生があり経験があります。経験は知恵となり、更に経験を積んで人生を深めていくと「叡智」や、ヨガで言う「悟り」になっていくのではないでしょうか?

シニア世代からヨガを始められる方は、ご自身の経験と照らし合わせた気付きが多いからこそ、自分の「最適」で汲み取った気付きの理解や解釈が出来る方が多いのだと感じています。

どう乗り越えて、どんな自分になるか?大人になって自分の力で舵を取るということは、その時々の漕ぎ方がわかってくるということではないでしょうか。

何かが起きた時、あらゆる可能性を思い浮かべ、自分にできる最善の判断をする。

とても難しいですが、このような時に経験がものを言うのだと思います。
今、何が自分に必要なのか?これは感情だけでは解決できないです。

様々なことを乗り越えてきた経験があるからこそ、ピンチの元を取って乗り越える。
だからこそ、実践哲学であるヨガを始めるのに、シニア世代の方は適齢であると考えます。

伝える側だからこそ感じられるおやじ世代の可能性

おやじヨガのクラスで行うシェアリングを通し、おやじさんの声を聴かせていただいく中で、順調なだけの人生の人なんていない。大なり小なりいろんなことがあっても、今まで生きてきたこと、それだけでも多くの経験があり人生がある。

 

光だけ見ていては、光に気づかないし、闇だけ見ていたら、それが闇だとわからない。

清いもの、濁っているもの両方あってこそ、洗練されていくのだと感じます。私自身、自信がなくても、自分を認められない、と思っても、シェアリングを通して声に出してきっぱり「これが私だ!」と言えてしまうと何かが吹っ切れる気がして、心からポジティブになれたりします。おやじヨガのクラスでは、教える立場であるものの、私にとってとても貴重な学びの時間です。

 

誰かや何かに頼ることはあっても、依存はしない。ピンチの時ほどどっしり構えていられるポジティブさをもてるように、自分自身の統合を深めていきたいと思います。

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